指先からすり抜けるように
いつもみたいに笑顔を振りまきながら職員室に入ると、愛おしい背中が丸まっているのが見えた。
何かあったのかな?とも思うけど、そんな時とは雰囲気が違うから、俺はとりあえずホッと胸をなでおろしてその背中に近づく。
「ヒョクチェせんせ、おはよ」
「ぅわッ!!」
ポン、と軽く背中を叩いただけなのに叫ばれて、俺も同じようにわっ、と小さく声をあげる。
「な、何!?」
「いや、そっちこそ何!?そんなに痛かった!?」
「あ、なんだ、ドンへ先生か…」
「『なんだ』って酷いなぁ」
「あ、や!別にそう言うわけじゃ…」
からかうように眉を下げると、ヒョクチェ先生は困ったように俺を見つめる。
ああもう可愛い。この人は俺にとって本当に可愛くてしょうがない。
去年うちの学校に転勤してきたヒョクチェ先生は、若くてノリがよくて運動神経がよくてすぐに人気者になった。
そう言う俺だって若いし、自分で言うのもなんだけど顔がいいから人気はある方だと思うけど。
初めのうちは新米教師!って感じの先生だなぁなんてくらいにしか思ってなかったのに、隣のデスクになって距離が近づくにつれ、少しずつヒョクチェ先生が俺の世界の中心になりだした。
好き、大好き。いつか言えたらななんて考えてたりもするけど、今はこのままでいいとも思っていたりする。
「で、どうかしたの?蹲ってたみたいだけど。」
「いや…別に…」
「また生徒のこと?そういう時は俺を頼ってって言ったでしょ?」
「や、でも、」
「ほら早く」
もどかしい言葉の先を催促すると、ヒョクチェ先生はふっと眼を逸らす。
何だかそれが気にくわなかったけれど、言葉の続きを優先するべきだよね、ここは。
「あ、あの、ドンへ先生。俺の言うこと信じてくれますか?」
「うん!もちろん!」
「じゃあ、あの、あんまり大きな声で言えないんですけど…」
「じゃあ耳元で言って!」
「はぁ…あの、ですね。今日たまたま廊下で見ちゃったんですけど…」
―1年3組のイドンへとイヒョクチェがキス、してたんですよ。
ヒョクチェ先生はそれだけポツリと言うと、顔を真っ赤にしてもう!なんて言いながらまたデスクに蹲る。
え、え?何それすっごい可愛いんだけど…今、なんて?
「……今なんて?」
「…ッもう!二回も言わせないでください!!キスしてたんですよ、キス!」
「……………ぇえええ!!??」
恥ずかしいとか言っておきながら大声を張り上げたヒョクチェ先生と、その発言に驚いて大声を張り上げた俺は二人とも教頭先生に睨まれちゃったけど、俺にもヒョクチェ先生にもそんな事を心配する感情なんてない。
「え!?え!?何で!?あの二人ってそう言う関係だったの!!?」
「はあ…そうなんじゃないですか?俺もうびっくりして…」
「えぇ…」
ああもう、俺今日朝から大変ですよ。今日は編入生を迎えるっていう仕事だってあるんですよ。
そう言って唇を軽く尖らすヒョクチェ先生を、俺は半ば放心状態のまま見つめる。
まさか自分たちが担当する学年にそんな禁忌を犯している生徒がいるなんて…。いや、そもそもこれって禁忌なの?俺だってヒョクチェ先生のこと好きなのに?もし俺と先生が付き合ったら、それこそ禁忌なのかもしれないし…。
ちらりとヒョクチェ先生を見ると、未だにその紅くて柔らかそうな唇がちょん、と尖っている。不機嫌だったり不満だったりするときに出る癖らしい。そんなところまで可愛いと思う俺はもう末期なのだろうか。
にしても、ヒョクチェ先生は近くで見ても白い。初めて見た時から白い人だとは思っていたけど、今ではその白い肌が度々俺を惑わす強敵アイテムとなっている。
何せ紅い唇が白い肌に映えるから余計色っぽい。長めの睫とくりんとしている瞳は男にしては酷く愛らしくて、首筋の白さから続く細く浮き出た鎖骨は理性をグラグラにする。
あんまり見つめすぎたからだろうか。気が付いたら、口走っていた。
「ねえ、ヒョクチェ先生」
「はい?」
「俺たちも…してみる?キス、」
『キス』と言う単語を言うことがこんなに恥ずかしいなんて知らなかった。頬に留まらず、体全身が熱を持っていく。
でもここで赤面なんてそんなのカッコ悪い。カッコよくきめたいじゃん、かっこいい科白言ってるんだし。
お願いヒョクチェ先生。真っ赤な顔して、照れ臭そうに微笑んで。
「………へ…?」
「だから、キス、してみる?」
「………ドンへ先生、何ふざけたこと言ってるんですか?」
「え、」
「確かにあのことは衝撃でしたけど…ったく!ドンへ先生には可愛い女子生徒がいっぱいいるくせに、嫌味ですかぁ?」
クスクスと笑いながら話すヒョクチェ先生はやっぱり可愛い。でも、俺が求めていたのはそんな事じゃなくて、違う事なのに。
「……だよ、ね…」
「ほらドンへ先生、編入生を迎えるんですよ。仕事仕事!」
するりするりと、ヒョクチェ先生はいつだってすり抜けて行ってしまう。捕まりそうで捕まらない。
俺は分かりやすくガックリと肩を落として、深いため息を吐いた。
―プルルルルルッ…
「あれ?俺だ」
俺がデスクに向き直ると、ヒョクチェ先生の携帯が鳴った。
誰だろうと呟きながらヒョクチェ先生はスクリーンを覗いて――照れたように笑った。
「もしもし?何だよキュヒョナ、どうした?えー…今日は家に来るなよ。
うん、そう。俺が行くから。え?な、バカ!変なことするなよ!そういう目的じゃないからな!!ん?うん、なるべく早く帰るから。
うん……お、俺も、会いたい、し…」
真っ赤に染まるヒョクチェ先生の顔。
今までに聞いたことがないような甘い声。
『キュヒョナ、』
―ねえ、ヒョクチェ先生。俺を見て笑って。俺が隣にいるんだから、俺を見てよ。
捕まえられない。先生は、いつだって俺をかわしてすり抜けて行く。
電話で話すヒョクチェ先生の声は、甘くて綺麗で、やっぱり俺を惑わすのに。
いつもみたいに笑顔を振りまきながら職員室に入ると、愛おしい背中が丸まっているのが見えた。
何かあったのかな?とも思うけど、そんな時とは雰囲気が違うから、俺はとりあえずホッと胸をなでおろしてその背中に近づく。
「ヒョクチェせんせ、おはよ」
「ぅわッ!!」
ポン、と軽く背中を叩いただけなのに叫ばれて、俺も同じようにわっ、と小さく声をあげる。
「な、何!?」
「いや、そっちこそ何!?そんなに痛かった!?」
「あ、なんだ、ドンへ先生か…」
「『なんだ』って酷いなぁ」
「あ、や!別にそう言うわけじゃ…」
からかうように眉を下げると、ヒョクチェ先生は困ったように俺を見つめる。
ああもう可愛い。この人は俺にとって本当に可愛くてしょうがない。
去年うちの学校に転勤してきたヒョクチェ先生は、若くてノリがよくて運動神経がよくてすぐに人気者になった。
そう言う俺だって若いし、自分で言うのもなんだけど顔がいいから人気はある方だと思うけど。
初めのうちは新米教師!って感じの先生だなぁなんてくらいにしか思ってなかったのに、隣のデスクになって距離が近づくにつれ、少しずつヒョクチェ先生が俺の世界の中心になりだした。
好き、大好き。いつか言えたらななんて考えてたりもするけど、今はこのままでいいとも思っていたりする。
「で、どうかしたの?蹲ってたみたいだけど。」
「いや…別に…」
「また生徒のこと?そういう時は俺を頼ってって言ったでしょ?」
「や、でも、」
「ほら早く」
もどかしい言葉の先を催促すると、ヒョクチェ先生はふっと眼を逸らす。
何だかそれが気にくわなかったけれど、言葉の続きを優先するべきだよね、ここは。
「あ、あの、ドンへ先生。俺の言うこと信じてくれますか?」
「うん!もちろん!」
「じゃあ、あの、あんまり大きな声で言えないんですけど…」
「じゃあ耳元で言って!」
「はぁ…あの、ですね。今日たまたま廊下で見ちゃったんですけど…」
―1年3組のイドンへとイヒョクチェがキス、してたんですよ。
ヒョクチェ先生はそれだけポツリと言うと、顔を真っ赤にしてもう!なんて言いながらまたデスクに蹲る。
え、え?何それすっごい可愛いんだけど…今、なんて?
「……今なんて?」
「…ッもう!二回も言わせないでください!!キスしてたんですよ、キス!」
「……………ぇえええ!!??」
恥ずかしいとか言っておきながら大声を張り上げたヒョクチェ先生と、その発言に驚いて大声を張り上げた俺は二人とも教頭先生に睨まれちゃったけど、俺にもヒョクチェ先生にもそんな事を心配する感情なんてない。
「え!?え!?何で!?あの二人ってそう言う関係だったの!!?」
「はあ…そうなんじゃないですか?俺もうびっくりして…」
「えぇ…」
ああもう、俺今日朝から大変ですよ。今日は編入生を迎えるっていう仕事だってあるんですよ。
そう言って唇を軽く尖らすヒョクチェ先生を、俺は半ば放心状態のまま見つめる。
まさか自分たちが担当する学年にそんな禁忌を犯している生徒がいるなんて…。いや、そもそもこれって禁忌なの?俺だってヒョクチェ先生のこと好きなのに?もし俺と先生が付き合ったら、それこそ禁忌なのかもしれないし…。
ちらりとヒョクチェ先生を見ると、未だにその紅くて柔らかそうな唇がちょん、と尖っている。不機嫌だったり不満だったりするときに出る癖らしい。そんなところまで可愛いと思う俺はもう末期なのだろうか。
にしても、ヒョクチェ先生は近くで見ても白い。初めて見た時から白い人だとは思っていたけど、今ではその白い肌が度々俺を惑わす強敵アイテムとなっている。
何せ紅い唇が白い肌に映えるから余計色っぽい。長めの睫とくりんとしている瞳は男にしては酷く愛らしくて、首筋の白さから続く細く浮き出た鎖骨は理性をグラグラにする。
あんまり見つめすぎたからだろうか。気が付いたら、口走っていた。
「ねえ、ヒョクチェ先生」
「はい?」
「俺たちも…してみる?キス、」
『キス』と言う単語を言うことがこんなに恥ずかしいなんて知らなかった。頬に留まらず、体全身が熱を持っていく。
でもここで赤面なんてそんなのカッコ悪い。カッコよくきめたいじゃん、かっこいい科白言ってるんだし。
お願いヒョクチェ先生。真っ赤な顔して、照れ臭そうに微笑んで。
「………へ…?」
「だから、キス、してみる?」
「………ドンへ先生、何ふざけたこと言ってるんですか?」
「え、」
「確かにあのことは衝撃でしたけど…ったく!ドンへ先生には可愛い女子生徒がいっぱいいるくせに、嫌味ですかぁ?」
クスクスと笑いながら話すヒョクチェ先生はやっぱり可愛い。でも、俺が求めていたのはそんな事じゃなくて、違う事なのに。
「……だよ、ね…」
「ほらドンへ先生、編入生を迎えるんですよ。仕事仕事!」
するりするりと、ヒョクチェ先生はいつだってすり抜けて行ってしまう。捕まりそうで捕まらない。
俺は分かりやすくガックリと肩を落として、深いため息を吐いた。
―プルルルルルッ…
「あれ?俺だ」
俺がデスクに向き直ると、ヒョクチェ先生の携帯が鳴った。
誰だろうと呟きながらヒョクチェ先生はスクリーンを覗いて――照れたように笑った。
「もしもし?何だよキュヒョナ、どうした?えー…今日は家に来るなよ。
うん、そう。俺が行くから。え?な、バカ!変なことするなよ!そういう目的じゃないからな!!ん?うん、なるべく早く帰るから。
うん……お、俺も、会いたい、し…」
真っ赤に染まるヒョクチェ先生の顔。
今までに聞いたことがないような甘い声。
『キュヒョナ、』
―ねえ、ヒョクチェ先生。俺を見て笑って。俺が隣にいるんだから、俺を見てよ。
捕まえられない。先生は、いつだって俺をかわしてすり抜けて行く。
電話で話すヒョクチェ先生の声は、甘くて綺麗で、やっぱり俺を惑わすのに。
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