始まりの合図のキス




霜柱を踏んで歩く学校からの帰り道。
ポケットの中に突っ込んだはずの両手は冷えていて、しんしんと降り積もる雪が隙間から手に触れているのだと分かる。




『ねえ、ヒョクチェ。男の俺を好きになって。』


そう照れながら言い切ったドンへは、手に抱えた沢山の薔薇の花束を俺に押し付けた。
何が何だか分からない俺の頬をドンへは優しく撫でて、ふわりと笑う。



「……ああもう!!」



ザクッ、という気持ちの良い音を立てて、俺は霜柱を思いっきり踏みつけた。
自然にも赤くなる頬が自分でも恨めしくてしょうがない。

だってドンへが悪い。ずっと親友だったのに、いきなり、そんな…。



ああもう、意味が分からなくてとりあえず頷いてしまった俺は、明日から一体どうすればいいんだ。



 *******





「ヒョクチェ、おはよう!!」



ぼーっと靴を履きかえていると、馬鹿でかいドンへの声が聞こえてきてドキリとする。
自然に自然に。そう思うのに返す声は微かに震えていて、頬が上手く上がらない。



「ヒョク今日早くない?俺一緒に行きたかったのに!」

「そう?別に学校で会えるんだしいいじゃんか」

「よくない!恋人なんだからそれくらいさせてよ!」

「…ッ!」



ピシリと体が固まる。ドンへの声がデカいから、きっと周りの生徒にも少なからず聞こえてしまっている。本当ならここでドンへの口を塞ぐとかしなくちゃいけないんだろうけど、固まったままフリーズ状態の俺は手も足も出ない。


「ね?明日からは一緒に学校行こうよ。俺迎えに行くから」

「え、い、いい!女じゃないんだし、一人で行ける!」

「いいの!!俺がそうしたいって言ってるんだから!」

「や、でも…」



なんで?いや?なんて涙声で首を傾げて俺に聞くな。俺は本当にいいんだって。

第一ドンへのことをそういう目で見たことなんてない。正直告白されたときは「え」って思ったし。
なのに雰囲気に流されて頷いてしまった俺が悪かった。いや、あんな歯が浮くようなセリフと大輪の薔薇にはきっと誰だって敵わないだろう。


ドンへは俺が黙ったことによりそれがオーケーサインだと思ったのか、「じゃあ明日ね」なんてお得意のキラースマイルを俺に向ける。
そのまま手を引いて歩き出すドンへに、俺はまた手も足も出ない。

こんなはずじゃなかった。なんで俺が、こんな、今まで親友だった男となんか…。




「ッ!!?」



ふと鼻先に微かな痛みが走る。驚いて顔をあげると、ドンへが俺の鼻を摘まんでいた。



「ヒョクどうしたの?何か暗いよ?」

「や゛、ちょっど…」

「何かあったでしょ。俺には言えない?」



しゅん、と眉を下げたドンへに、俺は困ったように眉を寄せる。
お前のせいだ、なんて言えるわけがないし、だからってうまい誤魔化し方なんて見つからない。
そして……苦しい。


「う゛、どんへ!く、ぐるし…」

「へ?」

「は、鼻、いぎ、すえな、」

「え?…ああ!」


ドンへは閃いたみたいにぱあっと顔を明るくさせる。こっちはそれどころじゃないっていうのに。
もがくみたいに手を宙で彷徨わせていると、不意に手に暖かな体温が伝わる。

ふと見ると、俺の指に絡みついている、ドンへの指。
指と指の間にドンへの指が絡んでいて…これは、まさか…恋人繋ぎ?



「ちょ、どん、…ん!?」



驚いて顔をあげると、唇を襲う柔い感触。
音もなく何かが触れて、数秒を経て音もなく離れた。



「息、苦しくないでしょ?」



ドンへはにこりと笑う。
俺はやっと鼻を解放されたからか、息を吸ってはいて呼吸をするのに精いっぱいで、ドンへの言葉なんて耳に入ってこなかった。


いやいやいや、ちょっと待て。
今のはいったい何?え?え?



「ちょ…ちょっと!ドンへ!!」

「ん?」

「い、今、何した!?」

「え、キス」

「キ…!!」



キス!?ここで!?だって他に生徒だっているし、先生だって見てたかもしれないのに!?
それに俺はまだ、ドンへに対して何も素直になってないのに…。



「な、何やってんだよ!ここ学校!!」

「知ってるよ。学校ではだめなの?」

「だめに決まってるだろ!こんなところで…」



もし誰かに見られていたら、そう思うだけで穴があったら入りたくなる。
おまけに…あれが、俺のファーストキスだったわけで。相手はドンへで、親友で、男で。

なのに、無駄に心臓がバクバクと煩い。唇の熱い感触が消えない。どうして、なんで。



「そ、それに、俺たち昨日付き合い始めたんだし…」

「ねえ、ヒョク」

「…な、何?」

「キス、していい?」

「はっ!?」

「合意の上ならいいでしょ、ね?」

「な、いや!ちょっと待った!」



ばっちりと目があった状態で徐々に近づいてくるドンへの整った顔。
手はしっかりと恋人繋ぎで握られたままで、なのに器用なことに、ドンへの左手は俺の頬に添えられている。


無理だ、無理。心臓の音が異常なほど煩くて、体全身が心臓になったみたいに心音が強い。
近づいてくるドンへの顔を、俺は見開いたままの瞳で見つめるしかなくて。


わ、わ!ちょっと待った、近い、近いって…!




―ちゅ、





「ふふ、顔真っ赤。」



わなわなとするしかない俺の唇には、さっきよりも熱く柔らかい感触。


心臓の音がうるさくて、心地いい。



二人の恋はまだ始まったばかり。









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